花という名前

私は自分の名前がとても好きです。
父が写真家の武田花からとった名前だそうです。
若いころ、父は野中ユリの手伝いをしていて、初めて会った時に『ことばの食卓』をもらったことをきっかけに武田百合子の本を読むようになったという話を聞いたことがあります。
「人から名をもらう」ことにしたのは、父の恩師も人から名をもらったという話を聞いて、なんとなく、いいなあと思ったからだそうです。
さて、そんな風にして私は名づけられたわけですけれど、私が生まれる頃に父と母が読んでいた『富士日記』が私の名付けに影響したようです。
富士日記』の冒頭に武田泰淳が娘に花という名前をつけた時のエピソードが書かれています。

娘が生まれたとき、「花」と武田は名づけてくれて「中国では乞食のこと」と、うふふふ、と笑いながら説明した。

百合子さんはそれを聞いて憮然としたそうだけれど、
「花」は華やかではなく、ちいさい、しかし道端でも根付くような強さを自分の中では連想させられます。
そう思っていたから、武田泰淳が娘を名づける時の話はなんとなく、すっと胸の中に落ちる感覚がします。

 

もう少しお話すると、私が生まれたのは、暦の上では春。

しかし雪の降る日だったそうです。

その話を聞いてふと思うのは、古今和歌集にある清原深養父の歌。

冬ながら 空より花の 散りくるは 雲のあなたは 春にやあるらむ

(まだ冬だっていうのに、空から花が降ってくる。雲の向こうは春なのかな)

明日の東京は雪の予報が出ていますね。

 

富士日記』〈上〉

http://www.chuko.co.jp/bunko/1997/04/202841.html

『ことばの食卓』
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480025463/